それに対して、ともすると苛立たしい気持になるのだ。
 今も私は、或る苛立たしさを以て、彼の顔をじっと眺めた。彼の晴れやかだった顔が、急に悲しそうになった。取っつきを失いながら立去りかねてる悲しみだ。ばか、と私は怒鳴った。そして消えてゆく彼の後から叫んだ。
 ――死ね、死んでしまえ。
 泣き虫だと彼から笑われた私は、不覚にもまた涙をこぼした。厄介な彼、邪魔な彼、自分の半身の彼を、私は愛していたのだ。



底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23])」未来社
   1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「文芸」
   1934(昭和9)年6月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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