ていた。鼠は竹筒の中に蹲まって、じっとこちらを見上げていた。懐中電燈の光りで、その顔がまざまざと見えた。もう逃げようともしないで、ただこちらを見ている。丸い眼を一杯見開いてまばたきもせず、こちらを見ている。つまり、懐中電燈の光り中で、鼠とぴったり眼を見合った恰好なのだ。
 そうなると、もういけなかった。彼は頭を振り、室の襖を開け放し、棒で竹筒を突き倒し、鼠を逃がしてやった。
 じっと眼を見合せたのは、それと同じだが、十内のあの場合は、事の次第が全く違っていた。その上、十内は兵士であり武装していた、彼は飛び上って、銃剣で相手を刺殺した。青服の少女は声も立てなかった。
 或るいは、彼女はほんとうに白痴だったのかも知れない。部落中の者が逃げ去った後まで、一人でそこに残っていたからである。或るいは、彼女は特別な意志と意図のもとに、そこに潜んでいたところを、酒に酔った兵のために身を汚され、恐怖と絶望の底に陥っていたのかも知れない。十内の本能的な反応はそれを語るようである。
 では、十内はなぜ彼女を刺殺したのか。惨酷な罪悪と、その痕跡とに対して、憤激したからであったろう。実際そこに、罪悪が現存し、その痕跡が現存していた。彼女の眼はそれを訴えていた。
 然し、その二つを抹殺することによって、十内は別な罪を犯してしまった。彼女の眼を思い起す毎に、十内は身震いするほどの憎悪を覚えた。やがて時がたつにつれて、憎悪の感は薄らぎ、彼女の眼も遠くぼやけていった。
 そして今になって、別な顔が見えてきたのである。
 別な顔、ではあるが、それがあの青服の少女の顔だと、どうして直ちに分ったのであろうか。自分の方に大きな罪悪があった、そのことが、意識されてきたからであろうか。
 局面が違ってきたのである。
 十内は先日、朝鮮戦乱のニュース映画を見た。
 鉄道線路に沿って、避難民が列をなして歩いていた。皆ぼろぼろの服をつけ、足はたいてい跣で、小さな荷物を提げ、とぼとぼと歩いていた。恐らく、行く先も定かでないであろう。その夜の食事も当がないであろう。
 老人があり、子供があり、若い男女も老人か子供のように頼りない姿である。赤児を背負った婆さんもある。そしてそれらの人々が、奇妙に、全く見知らぬ赤の他人の間柄に見える。互に言葉をかけ合うこともなさそうである。ただ黙ってとぼとぼと歩いている。身内の者、親子、兄
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