、次第に形をととのえて、少女の顔となった。はっと、眼をさますと、室内にまで漂い込んでる薄明るみに、蚊帳が白々と垂れていた。
石段の下方の空間に現われたのは、もっとはっきりした顔だった。
長い髪の毛は垂らしているらしく、前髪だけをお河童風に短く切り揃えて、白い額の上部に影を置いている。高い広い額だ。鼻筋がすっきりと清い。眼と口は判然としない。顔全体が静止しながらゆるく廻転してる故であろうか。それとも幻覚の故であろうか。だが、その顔だけで、首から上のぼやけた顔だけで、あ、あの少女だ、と十内には分った。
忘れていたわけではない。
強いて記憶の外に放り出していたのである。戦闘、敗戦、俘虜、内地帰還、離散した家族、物資の闇取引など、生活環境の激変は、過去の一切を忘却の淵に埋没させるに好都合だった。然し、その忘却の深淵の中にも、ちょっと気を向ければ、厳然たる事実の岩頭がいくつも見出せるのだった。青服の少女もその一つである。
揚子江から可なり離れた処に、十内の属する部隊はいた。広漠たる大陸の土地の、所謂点だけの占拠だから、局部的なゲリラ戦は絶え間がなかった。
遠くに見える兵陵地帯の裾に、小さな部落があって、そこが敵性スパイの本拠と目されていた。僅かな油断の隙間に、こちらが手痛い損害を蒙った、その腹癒せもあって、夜間ひそかに、小部隊で掃蕩に出かけた、ところが、行ってみると、その部落には人影一つなかった。その代り、十数戸の僻村にして意外にも、物資が豊富にあった。甕の中、桶の中、床下など、穀類や脂肪類や酒類が隠匿されていた。秘密運搬のルートに当っていたのであろうか。それとも、他に何か目的を持っていたのであろうか。
困苦欠乏は前線の兵隊につきものである。この小部隊の兵たちは、突進すべき敵を見失い、警戒すべき情況も認め得ないで、飲食物の方へ飛びついていった。久しぶりの珍味だった、けれどもさすがに、公然たる饗宴とはいかなかった。薄暗い灯影のもとで、言葉少なに腹を満したのである。
夜が明けてから、改めて屋内の探索がなされた。野呂十内もこの小部隊にはいっていて、あちこちを検分した。そして或る家の奥室に踏み込むと、愕然と立ち辣んだ。
小さな室で、戸棚と小卓に並んで、狭く長い寝台が壁際に設けられていて、その上に、一人の少女が坐っていた。少女は青色の服をまとって、身動きもせず、まじろ
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