い。もう泊りに来ないと言っても、眉根一つ動かさない。金がいると言えば、すぐに承知して、自分で持って来てくれる……。
ああ、わたしはどうすればよいのか。こちらの言うことは何でもしてくれるけれど、それが頼りになるということなら、いっそ、そんな頼りにはなれない方がいい。怒ったり引っ叩いたりしてくれたら、その方がどんなに頼りになることか。
あの人は時々酒を飲みに来る。一人の時もあれば、友人連れの時もある。わたしが冷淡にしようと、馴れ馴れしくしようと、そんなことは全く気に止めていないらしい。いつもにこにこしていて、心に聊かの屈託もないらしい。頭髪の手入れから服装まで、独身者らしい投げやりなところは見えるが、それでも清潔で、肉附のよい頬の血色が美しい。そしていつも微笑してるような眼眸である。その様子を見ていると、どうしたことか、わたしは苛ら立ってくるのだ。仕返しをしてやりたい。わたしへの無関心というか無反応というか、それの仕返しをしてやりたい。
わたしはあの人を憎み始めたのかも知れない。罠におとすことを考えたのである。それとも、最後にも一度あの人をためしたかったのであろうか。
あの人は菊ち
前へ
次へ
全23ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング