にか苛ら苛らしてるようだ。新聞に目を通しながら、ばさっと大きな音をさせて裏返したりする。
「あなた、呆れたでしょう。」
何のことを言ってるのか、僕には見当がつかない。
「呆れたと仰言いよ。」
眉を吊りあげて、じっと見入ってくる。
僕は頬笑むだけだ。
「ほんとのこと、言ってよ。」
「だって、何を呆れていいのか、僕には分らないね。」
「どうせ、あなたは、そうでしょうよ。」
新聞をばさばさ折りたたんで、二階の室に上ってゆく。
なにか腹を立ててるんだな、と僕も思うのだが、然し、腹を立てる理由なんかどこにもない筈だ。而も、家の者たちに対してではなく、僕に対してに違いない。彼女はよく、いろいろな物を買って来てくれた。女中には、下駄だの足袋だの手拭など。母と圭一には、菓子や果物など。そして彼等の間に気まずい点はどこにもなさそうである。冗談を言って笑ったりしている。
僕に対してだけ、三千子はちとおかしい。それが次第に昂じてゆくらしい気配さえある。どういうことになるだろうかと、多少の興味も持たれてきたが、案外、つまらなく済んでしまった。
二週間ばかりたった或る夜、彼女は来なかった。平素より少し遅くまで起きていてやったが、表には呼鈴もあるからと思って、僕は寝た。
翌朝午前中、彼女は来た。朝寝坊の彼女にしては早すぎる。寝不足らしい蒼ざめた顔色だ。書斎にはいって来て、火鉢の横にぴたりと坐った。
「昨晩、お待ちなすったの。」
詰問するような調子だ。
「少し遅くまで起きてたが、来ないから、先に寝たよ。」
「そう、わたしのこと、心配じゃなかったの。」
「なぜ?」
「心配なんか、なさらなかったのね。」
「心配するようなこと、なにもないじゃないか。」
「そう。」
彼女は黙って暫く考えていた。女が黙って考えこむことなんか、どうせ下らないことにきまっている。僕は煙草をふかしながら外を眺めた。
「わたし、もう来なくていいわね。」
まるであべこべだ。
「来なくていいかどうか、それは君の都合次第だよ。」
「そう。そんなら、もう壁も乾いたから、泊めて頂かなくていいわ。お宅の高いお米を食いつぶしに来なくても、よくなりました。」
「米のことなんか、どうだっていいよ。」
「お米のことじゃありません。お宅のお米を食いつぶしに来なくてもよくなりました。こんなことを言っても、あなた、なんともお思いにな
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