た態度だ。彼は三千子の異変を察知するや否や、その家の女将や女中に指図し、医者にも適宜な依頼をして、万事を急速に而も穏便に取計らってしまった。その旅館も人気商売だし、三千子とてもムラサキのマダムとしての人気商売だし、町医者だってまあ言わば同類だし、大事件ならばとにかく、つまらない事件では名声を世に売るわけにはゆかず、高木の希望通りになって、警察の方にも内密に終った。あの温厚な高木にそんな臨機な才能があろうとは、私には思いがけなかった。もっとも、その翌日、私は高木から電話で呼び寄せられて、いろいろ相談に応じてやり、進んで前後措置の手助けもしたのである。
 次に、これは非常にデリケートな問題だが、三千子は意識を回復してから高木に逢いたがらなかった。というよりも、逢うのを恐れた。そのことを私から高木に伝えると、高木は例の微笑を含んだ眼眸で、事もなげに頷いて、彼女に逢おうとはせず、万事の交渉を私に任せた。前に、高木の告白とか三千子の告白とか名づけたのも、この交渉に当って、私が当人たちから聞いた話を私流にまとめあげたもので、真偽のほどは私の保証の限りではない。
 改めて言うまでもなく、私は高木恒夫の旧友であり、ムラサキの常客として村上三千子の相当の信用もあるのだ。
 さて、つまらない事柄は省略して、この事件の結末だけを述べることにしよう。
 高木は、三千子の回復を知っても、さして喜んだ風はなかった。その代り、彼女が結婚を希望するなら結婚もしようし、単に同棲生活を希望するなら同棲生活もしようし、今迄通りの生活を希望するならそれでもよかろう、とそういう意志を私に伝えた。然し、彼女と別れてしまうということは、一言も言わなかった。
 私は彼に抗議した。おひと好しすぎると抗議した。第一の条件は、これまでも二人の間はうまくゆかなかったのだから、別れるのを当然とすべきであったのだ。
「そりゃあ君、別れたって一緒になったって、結局同じことじゃないか。」
 高木の返答は、高木としては明快を極めていた。
 一方、三千子の方は、高木に逢いたがらず、そのくせ、高木のことを根掘り葉掘り聞きたがり、私も少々持てあました。それから次に、高木のことをふっつり口にしなくなった。いやな兆候だと私は思った。
 ムラサキの店の方は、菊ちゃんが、料理番相手にどうかこうか続けていた。三千子は退院後しばらく、あまり店の方に
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