団を引きずりだして、もぐりこんだ。雑多な想念を無理に逐い払って、ひたすらに眠った。
正午近くに眼をさますと、いつのまにかお留さんでも来たと見え、枕頭に大きなお盆が置いてあった。銚子が二本にちょっとした摘み物が添えてある。私は眉根に皺を寄せたが、それでも酒に手をつけた。
親切、親切……。私は杯を置いて、コップを取り出し、冷酒をあおった。親切……昨夜のあれも、彼女の親切から出たことなのであろうか。さすがにそれを肯定する勇気はなかった。ただ惨めだった。私は酒を飲み干し、更に焼酎をひっかけた。それから頭を冷水で洗い、詰襟の作業服をつけて、外に出た。
建築社は休むことにして、製材所の方へ行った。円鋸や帯鋸が木材を自由にたち切るのを、一時間ばかり眺めた。それから野原の方を歩き廻り、河の土手をぶらついた。――無駄ではなかった。想念は次第にまとまりかけてきた。
葷酒をぶらさげて、山門の前をぶらつくなど、愚劣なことだ。葷酒なんか大地の上にぶちまけてしまえ。山門なんか、寺院のそれでも、女性のそれでも、蹴破ってしまえ。だが、政代のあの純粋親切というものが、どうして、私の心をこんなにしめつけるのであろうか。彼女の眼に宿る陰など、もう問題でないのに、その親切だけが、どうして心をしめつけるのであろうか。強くなれ、強くなれ。彼女も畢竟、私にとって異邦人に過ぎないではないか。
河の土手で凧をあげてる子供たちと、私はしばらく一緒に遊んだ。それから家に帰った。銚子などはもうお盆ごと、持ち去られていた。
私もすぐその足で、田岡政代の家へ行った。台所口から声をかけておいて、庭の縁側の方に廻った。皮肉な態度に出るつもりだ。
「昨日は、たいへん御馳走になって、すみませんでした。ちょっと、お礼に来ただけですから……。」
室におあがりなさいとすすめるお留さんに、私はそう言った。
「まあ、お礼だなんて……二日酔いのせいじゃありませんの。」
「お礼はお礼です。もう酔ってやしませんよ。」
私はもはや惨めな思いはしなかったが、負けだという気がした。少しも皮肉にならなかったのだ。
政代は黙っていたが、なにかしきりに目配せしてるようだった。お留さんが台所へ立って行ったすきに、縁側にでてきた。
「なにか怒ってるの。」
「怒ってなんかいません。」
「でも……。」
「なまけたのを後悔してるだけです。」
「そう。御
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