ぼんやりわきに向いてるだけで、極り悪がって足下を見てるのとは違って、実は一方では相手の顔付や様子を見てるのかも知れない。そういう二重の働きをしてるとすれば、菊池君の眼もまた偉なる哉である。
――菊池君の声は、多分に女性的な響きを持っている。所がこの女性的な響きは、自己弁護――と云っては大袈裟だが、だって君それは……という程度の弁辞的口実を口にする時に出て来る。一歩転じて、堂々と所信を披瀝する時や、相手の所論を強く攻撃する時などには、その女性的な響きが、張り切った鋭い矢音となる。之を云い換えれば、菊池君の声の響きは、感情の色合を多分に現わしている。
――菊池君は卒直である。何等の掛引なしに、事物を正面からじかに眺めて、じかに物を云う人である。自分が無名作家であれば、その無名作家たるの地位をはっきり認め、無名作家として物を云い、自分が文壇の大家であれば、その大家たるの地位をはっきり認め、大家として物を云う。其処には、自負や謙譲がはいり込む余地はない。この意味で、菊池君は卒直なレアリストである。そして、自分自身に対しても卒直なレアリストである菊池君が、他人に対してもそうであるのは云うまで
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