姐さんの配慮が、幾重にも菊千代を包みこんでいるようでした。
 然し、その菊千代の住居の座敷、各種の箪笥や鏡や人形やこまごました什器類が数えきれないほど沢山、しかもそれぞれ処を得て、置き並べてある中に、檜山は招じこまれて、なんだか自分だけが余計なもののように感ぜられました。家具什器に対してばかりでなく、菊千代の生活にとっても、自分だけが余計なもののように感じられました。
 その思いが、いろいろな話の間にも消えないで、檜山は突然言いました。
「君の生活がりっぱにうち立てられたせいか、ここにいると、僕はなんだか余計者だって気がするよ。」
 菊千代はちょっと淋しそうな顔をしました。
「あたしの方こそそうなの。せめて、お便りだけでも自由に出来るといいわ。山田さんを通してでは、なんだか頼りないし、遠慮もあるし……。」
 言いさして、菊千代は意外にもにっこり笑いました。
「でも、それでいいの。あんまり自由だと却って長続きがしないんですって。」
「梅葉さんが言ったのかい。」
 菊千代は笑って、戸棚からウイスキーの瓶を取り出しました。
「感心でしょう。口も開けないであるのよ。」
 二三杯のんで、そして二人で海辺へ散歩に出ました。残照がまだ明るく海の上に映えて、初島がたいへん近く見え、その先は茫漠と暮れかけていました。



底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1−13−24])」未来社
   1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「新生」
   1946(昭和21)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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