幕間も同じことでした。そのうちに、芝居をそっちのけにして彼を探し廻ってる自分自身が、妙に白けきった馬鹿馬鹿しさで頭に映ってきましたので、私はふいに一人で笑い出して、後の幕はそのままに劇場から飛び出して、家に帰ってゆきました。
妻は私の話を聞いて、信じかねるようなまた心配そうな眼付をしました。
母上
丁度その頃です、平田伍三郎の伯父から手紙が来ましたのは。――伍三郎は此頃どんな風にしてるか知らしてほしい、夏の初めから毎月七八十円の金を送ってるのに、なお足りないと見えて、よそに嫁いってる姉から五十円六十円と送って貰ってることが分った、余り金を使うようで心配だから、よろしく御監督を頼む……というような手紙でした。
劇場で逢ったこととその手紙とで、最近の平田伍三郎の大体の様子は分りました。そして私は可なり当惑しました。
手紙には監督をたのむなどとありますが、よそに下宿してる男を監督することなんか、東京ではとても出来るものではありません。第一その男がどんなことをしているかさえ、なかなかはっきりは分らないんです。田舎では誰が何をしたかということは、すぐに皆の人に知れてしまいますが、東京ではそうはゆきません。余り沢山人間がいて、そして互に見ず知らずの他人です。その人間の渦の中に身を隠せば、容易には人に目付かりません。
私は手紙を前にして考えましたが、改まって彼を訪ねていったり呼寄せたりして角立てるのは却って悪いから、こんど彼がやって来た時にゆっくり逢って、彼の考えなり行いなりをはっきり聞いた上で、何とか方法を講じようと思いました。
そして彼を待ち受けましたが、彼はなかなかやって来ませんでした。がとうとう、劇場で逢った時から十五日ばかりたって、日曜日の午後、彼はひょっくり姿を見せた。
母上
少し冷かになりかかったのが急に逆戻りして、蒸し蒸しする生温かな南風が吹いて、頭がぼっとするような日でした。妻と女中とは子供達を連れて動物園へ行って、私一人で留守をしていました。その午後三時頃、平田伍三郎は大変な元気ではいって来ました。けれど何だか顔色が悪く、肩ではあはあ息をしていました。
「どうしたんだい、加減でも悪いのか。」と私は尋ねました。
「いえ何でもありません。急いでやって来たものですから……。」
そして彼は額の汗を拭きながら、ふいにくすりと笑いました。
「何か面白い
前へ
次へ
全24ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング