士等の方をじろりと見た。それから広場を横ぎって銅像の影まで来た時、も一度ふり返って兵士等の方を見た。彼等は顔の筋肉一つ動かさなかった。何を見てるのか視線をも動かさなかった。或はまた何も見てないのかも知れなかった。そのくせ、右の方の一隊は「休め」の姿勢で立って居り、左の方の一隊は銃を組んでその後に屈んでいた。そのままの姿で皆じっとしていた。
 銅像の影に立っていると、巡査がやって来て、「此処に立っちゃいかん。」と云った。それで私は電車道を越えて、向う側の角の群集の中にはいり込んだ。
 日本橋の方へ行く須田町の通りには、身動きも出来ないほど市民が一杯になっていた。皆何かを期待し何かを見ようとしていた、そして黙っていた。
 万世橋のガードの方から、一隊の巡査に逐われた群集がどつと流れ込んで来た。それと共に、二人の兵士が馬を駆けさして乗り込んで来た。電車道の中を逃げ迷っている市民の中に、騎馬の兵士はまっしぐらに駆け込んだ。馬の蹄にかかったらもうそれまでである。市民等は右往左往した。然し幸いにも蹄にかかる者は一人もなかった。歩道の上に身を避けてぎっしり重なり合った群集は、逃げ惑っている人々の間を分けて馬を駆けさしてる兵士を、驚異の眼で見守っていた。馬腹や足先で人の肩や帽子を擦過しながら巧みに疾駆し廻っている人馬は、よほどの熟練を経たものに違いなかった。「余り乱暴だ!」と叫んだ声が群集のうちに二度聞えた。然しそれきりまた静まり返った。ただ舗石の上に鳴る馬の蹄の音ばかりが高く響いた。
 二人の騎馬の兵士が、その辺を二三度往復するうちに、電車道からはすっかり群舞が逐払われてしまった。一部は歩道の上に身を避けた。歩道に溢れた者は遠くへ逃げてしまった。
 善良な穏かな群集だった。「米価騰貴」に困難を感じているらしい顔や「不安」に襲われているらしい顔は、一つも見られなかった。
 騎馬の兵士が去ると共に、私は其処の角を離れて、ガードをくぐって万世橋の方へ行った。橋の向うから「わーッ」という大勢の人声がした。後は静かになった。
 万世橋のたもとには、橋で堰かれた一群の人々が居た。橋の上に多くの巡査と在郷軍人とが、提灯を手にして番をしながら通行を止めていた。
 一人の商人体の男が群から進み出て、巡査に何やら小声で懇願しているらしかった。巡査は手を振って大きい声で云った。
「いかん、いかん、昌平
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング