なに芽を出してるところは……廃墟を背にして芽を出してるところは、一寸いいじゃないか。」
吉住はくるりと向き返った。
「ああ、公孫樹か。」そして一寸間を置いた。「そいつあ火に強いんだ。」
「いくら強いったって……。」
「そして不思議な木なんだ。」
「不思議な木だって、公孫樹が。」
「不思議だというのは……。」
「何だい。」
「いや、僕だけにかも知れないが……兎に角変な木だよ。」
私達はもう歩き出していた。そして、吉住は最後の言葉を投げ出すように云い捨てて、憂欝そうに黙り込んでしまった。
彼が憂欝になると、一つの癖がある。下唇の端を犬歯で軽く噛んで、眼をしょぼしょぼとさせるのである。でその時――というのをくわしく云えば、朝から碁を囲んでいい加減疲れて、夕飯でも食おうとて出かけて、帝大の裏門から正門へぬける途中、砂利の煮られるのから、次に公孫樹のことになって、彼が急に憂欝な態度を取ってしまったため、私まで変に気が挫けて、彼のしょぼしょぼした眼から何かを読み取ったり、犬歯で軽く押えられてる唇をほどかしたりする、そんな努力が大儀になって、黙って彼と肩を並べて歩いた。
初め私達は、大学をつきぬけたら正門前から電車に乗って、日本橋の方へ行くつもりだったが、それも面倒くさくなって、どちらから云い出すともなく、正門近くのレストーランで、簡単に飯を食うことにした。
所が、そのレストーランの二階に腰を落付けると、自然と眼の向く表通りに、やはり公孫樹の街路樹が植っていて、小さな可愛いい葉の萠え出してるのが、硝子戸越しに見えていた。まだ時間が早くて、電気の来ない室内がぼうっとしてるだけに、外の明るみが際立って、公孫樹の梢がすぐ眼先にまざまざと浮出してきた。
「公孫樹は不思議な木だって、どうしてだい。」
そんな風に私は問いかけざるを得なかったのである。すると、吉住はなお憂欝な顔付になったが、やがて料理を食ったり酒を飲んだりしてるうちに、変に眼をぎらぎら光らしてきて、向うから進んで、次のようなことを話しだした。
僕の家の庭の隅に、大きな……というほどでもないが、可なりな公孫樹が一本ある。あんな往来にあるのなんかより、もっと美しい瑞々《みずみず》しい若葉を出してるし、秋には真黄色になって、庭一杯落葉が散り敷く。いくら枝を刈り込んでも、すくすくと威勢よく伸び上ってゆく。いつ頃誰が植え
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