これをあなたへお預けしておきますから……。」
 松木の顔は、醜くどす黒く艶が失せて、眼ばかりぎょろりと光っていた。差出されたのは郵便貯金通帳で、光子の名前で千円近くになっていた。
 彼は喉がつまって言葉が出なかった。振向くと、光子はきょとんとした眼付で、不思議そうに二人の様子を見ていた。
 彼は坐に堪らなくなって、貯金通帳を松木に投げつけながら、庭に出ていった。泣きたいのか笑いたいのか分らない、もやもやっとした茫とした気持で、気が遠くなりそうだった。井戸のところへ行って、水を汲み上げて、頭にぶっかけてやった。



底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
   1925(大正14)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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