を打たせたまま、もうおれもこれはどう藻痒こうと、花江から放れることがとうてい出来そうにもないと強く思った。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](「馬車」――横光利一)
 右はどちらも、短篇の結末であり、女と別れるところである。そして一方は都会の朝であり、一方は山間の夜であって、それと同じくらい気分の違いがある。が、吾々の眼を惹くのは、同一人の作品とは思えないほど、作者としての態度が異なっていることだ。前者においては、感覚的な新鮮な描出をねらってる作者の姿が見えるし後者においては、心理的な緊密さを求めてる作者の姿が見える。「無礼な街」から「馬車」までには、七年あまりの時が経過している。この間に作者の歩いた途が正しいかどうかは、読者の判断と嗜好とに任せよう。そして、「馬車」には現実的な豊満さが乏しいと非難する者があるなら、「無礼な街」には現実から遊離した軽佻さが更に目につくではないかと、それだけいっておきたい。
 何等の先入見もない新らしい眼で見るということは、作家にとって最も必要なことである。赤児の眼に映る外界が、如何に驚異に満ちた輝かしい溌剌としたものであるかを、吾々は想像
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