ね》と かたみに答う。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](ボードレール、鈴木信太郎訳)
これは象徴派詩人の自然観であるが、それは自然に対する単なる視察ではなく、自然に対する生活的味到である。そういうところから芸術が生れる。
然しこれは詩であって小説[#「小説」に傍点]ではない。
トルストイに「三つの死」という短篇小説がある。その終りの方に、一本の木が切り倒されることが描いてある。朝早く、東がやっと白みかけたころ、森の中で、一本の木が斧で切られている。その斧の不思議な音が、森の中で繰返される。鶺鴒が別な木の枝に逃げる。
[#ここから2字下げ]
下では斧がますますこもった音をひびかせ、みずみずした真白な木屑が露を帯びた草の上へ飛んで、一撃ごとに軽い裂けるような音が聞えた。木は身体全体をびりびりふるわせて、その根の上で喫驚したように揺れながら、曲っては素早くもとへ返った。一瞬間すべてはひっそりと静まり返った。が、また木はぐっと曲って、その幹の中でめきめきと裂ける音が聞え、そして小枝を折ったり、大枝をへしまげたりしながら、しめった土の上へ横ざまにどっと倒れた。斧の音と人の足音とは静になった。鶺鴒は一声鳴いて高く舞い上った。彼がその翼でひっかけた枝は、暫く揺れていてから、他の枝と同じように、葉もろともに静まった。木々は新たに出来た空間に、一層歓ばしげにその動かない枝を張った。
太陽の第一線が、透明な雲を貫いて空にその光を投げ、やがて大地と天空とを一さんに駆けぬけた。霧は浪をなして谷間に溢れ、露はきらきら光りながら緑葉の上で戯れ、透明な白い雲は大急ぎで蒼穹の面を散っていった。小鳥どもは茂みのなかを飛び廻って、我を忘れたもののように、何やら幸福そうに啼き交わした。みずみずした葉は歓ばしげに、静かに梢の上で囁きかわし、生きた木々の枝々は、死んで倒れている木の上で、静かに荘厳に動き始めた。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](中村白葉訳)
精彩な新鮮な描写である。ところが、この木の死だけでは、小説にはならない。この一篇が小説になってるゆえんは、貧しい男の死と富裕な女の死とが、木の死と対照的に描かれてるからである。
右に引用した部分だけでも、立派な芸術的描写ではある。それには人間生活が裏づけられている。もし人間生活が――人生が――なかったならば、森
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