守り育てながら、彼女は家事万端のことを取締ってくれた。日々の食事のことから、順造の身辺の世話までやいた。襯衣が少し汚れるとすぐに取代えさした。外出の時には新らしい足袋を揃えておいてくれた。外で傘を取違えてくると、仕様がないと小言を云った。
「ほんとに懶惰《ものぐさ》でいらっしゃいますね。お服装《みなり》にも少しは気をつけなさらなければいけませんよ。……ふさいでばかりいらっしゃらないで、気晴しにお出かけなさいましよ。……香奠のお返しのことも、そろそろお仕度をなさらなければなりませんでしょう。……炬燵のお布団が穢くなっていますから、新しくお作り致しましょうか。」
というようなことを、反り気味の薄い唇で、彼女はてきぱきと云ってのけた。
順造はそれらの世話のうちに包み込まれ、眼の前を塞いでる彼女の肉体を見守りながら、心では過ぎ去った影を追っていた。
カチン、カチン……と五六回くり返して、トン、トン、トン……と急な調子になった。その時彼は、もっと大きな釘でしっかりと棺の蓋を打付けてほしいと思った。出来るならば、彼女の死骸を鉄の箱にでも納めてしまいたかった。――カァン、カァン、カァン、カァン……と何時までも同じ単調な響だった。それが急調子の読経の声の間から、絶え間なく湧き上ってきた。すぐ膝の前で力籠めて伏金《ふせがね》を叩いてる半白の僧侶が、鋭い響によく鼓膜を痛めないものだと、彼はその時不思議に思った。――ガチャリ、とただ一度の響だった。胸の中に鉄の錘を投げ込まれるような残忍な感じだった。その時彼は、顔の筋肉を引きつらして、閉め切った火葬の窯《かま》の鉄の扉を見つめた。
その三つの音が、長く彼の耳に残っていた。……骨揚《こつあげ》に行って、白木の火箸の先で灰の中から、形のある遺骨を拾い出し、それを瀬戸の壷に[#「壷に」は底本では「※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、53−下−13]に」]つめ、秋晴れの爽かな外光の中を、何とも云えない悲壮な清浄な気持で帰ってきた、その同じ気持を、何時までも保っていたいと願っていた、その下から、三様の音がともすると響いてきた。夜遅くぼんやりしてると、耳の底にこびりついてる音に、我知らず聴き入ってることがあった。
彼は堪らない心地になった。
如何に秋子を愛していたことか、そして、如何に愛し方が足りなかったことか!
そして彼の心に浮んでく
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