、犬一つ見えなくって、あの白い道の上に、兵隊だけだわ。」
「………」
「そして、あんなに海が光ってきた……。」
「………」
「あたし何だか、恐ろしいような……嬉しいような気がして……。」
「………」
「あら、蒼い顔をして……。どうなすったの。」
「いえ、一寸……。」
「え、なあに……。云って頂戴、ね、云って頂戴。」
「………」
「あたし、……。ね、いや、黙ってちゃ。」
「不思議だなあ……。」
「なにが。」
「いろんなことを、一度に思い出したんです。」
「どんなこと。」
「そうだ、いつもぱっとした日の光がさしていました。」
「いやよ、すっかり云って頂戴、ねえ……。」
「わたしは、何度か……死人を見たことがあるんです。それがいつも……。」
「………」
「不思議です。いつも、ぱっと明るい日の光がさしていたんです。」
初めて死人を見たのは、高等小学校に通ってる時のことだった。家から町の学校へ行くには、松林をぬけて行かなければならなかった。その松林の中で、縊死人があった。
打晴れた爽かな朝だった。四五人の友と一緒に、学校へ出かける途中、松林をぬけると、その向うの村人が三人五人と、畑をつき切
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