、それが、笠の中でぶんぶん飛び廻るのを見て、あたし夢中になって……。」
「殺してしまったんですか。」
「独りでに死んでしまったんですの。死ぬまで封じこめてやったんですの。」
「あなたが。」
「ええ。ぞっとするような……もう夢中だったんですもの。」
「………」
「妹が見て、喫驚していました。だけどあたし、ただ……あなたがいらっしゃる、あなたがいらっしゃる……とそのことだけに一心になっていて、そのうちに、電燈の笠の中は熱くなって、一生懸命に飛び廻ってた虫が、ぱたりぱたりと紙の上に落ちて死んでしまったんですの。」
「電気の光にやられたんですね。」
「そうでしょうか。」
「余り光が強すぎると死ぬんです。人間だって、太陽を三十分も見つめてると、昏倒して死んでしまうそうです。」
「では、あたし……。」
「やってみますか。」
「………」
「あ、……そのあなたの笑顔がわたしは好きです。じっとして……。」
「何だか嬉しいんですの……心から……。」
「………」
「ねえ、あなたは決心していらしたんでしょう。」
「………」
「こちらにいらっしゃる前に……。」
「万一の場合の用意はしていました。」
「万一の場合って……。」
「あなたの手紙にあったじゃありませんか。」
「あたし、あの時はほんとに思いつめていたんですの。」
「今は……。」
「今も。」
「今も……。」
「ええ。だけど……嬉しいんですの。どうしたらいいか……。」
「じゃあ……わたしが……。」
「………」
「わたしは短刀を持って来たんです。それを……あなたに上げましょう。」
「短刀。」
「ええ。遅く何度も取出して眺めたものです。けれど、もうあんなものは……。」
「あたし、頂いておくわ。本当に下さるの。」
「上げましょう。」
「嬉しい。」
「どうします。」
「大事にしまっておくの。」
「屹度……。」
「………」
「また笑っていますね。どうしたんです。」
「どうもしませんわ。」
「だって……。」
「しっかりつかまえてて頂戴。あたし何だか、変な気持になったの。夢でもみてるような……。」
「………」
「あら、いつのまにか兵隊が。」
「もう通ってしまったんでしょう。そして何もかも……。」
「何もかもって。」
「わたしも夢をみてるような気持がします。そして……死んだ後のような……。」
「………」
「丁度こんなでした、友人が死んだ時も……。」
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