い皮膚が張りきっていた。胴体は鮪《まぐろ》か※[#「魚+豕」、435−下−13]《いるか》のように、蓆の下から円っこくふくれ上っていた。
晴れやかな日の光に、蓆からぽっぽっと湯気が立っていた。何で濡れ蓆を被せたのか不思議だったが、その時それが、丁度大きな魚にでも被せたように、如何にも調和して落付いていた。
一人二人ずつ人立がふえてゆくきりで、誰もどうしようという考えもないらしく、無関心なぼんやりした眼付で、黙ってうち眺めていた。すぐ側には、軽やかな波がさーっさっと、砂浜に寄せては返していた。そして初秋の澄みきった日の光が、あたり一面を包み込んでいた。青々とした高い空だった。朝凪ぎの静かな大気だった。
水死人の上の濡れ蓆からは、淡い湯気がゆらゆらと立って、日の光の中に消えていた。
大学にはいって間もない頃、夏の休暇に、汽車で三時間ばかりのところへ、友人を訪れていって、翌日の午後二時すぎの汽車で帰ってきた。
車室は込んでいなかった。離れ離れに腰かけてる乗客達は、曇り日の午後の倦さに、皆黙りこんでうとうととしていた。取りとめもない杳《はる》かな想い、窓の外を飛びゆく切れ切れの景色、規則的な車輪の響き、而も安らかな静寂……ぽつりぽつりと、降るとも見えぬ雨脚が、窓硝子に長く跡を引いていた。
汽笛が鳴ったようだった……が空耳かも知れなかった。凡てが妙に落付き払っていた。変だな……と頭の遠い奥で考えてると、汽車は速力をゆるめていた。ごとりと一つ反動をなし止った。
停車場でも何でもない野の中だった。と不意に、乗客の一人が立上って、窓から頭をつき出して覗いた。それが皆に伝染して、次々に窓から覗き出した。他の車室の窓からも、ずらりと乗室の顔が並んでいた。
機関車に近いところから、車掌と火夫とが二人降りてきた。列車の下を覗きこみながら、だんだん後部へやって来た。轢死人……という無音の声が、どこからともなく皆の心に伝わってきた。
車掌と火夫とは、やがて立止った。そして一寸何か囁き合った。すると火夫は、いきなり列車の下に屈み込んで、両手を差伸したかと思うまに、ずるずると大きなものを引張り出した。……白足袋をはいた小さな足、それから、真白な二本の脛、真白な腿、それから、黒っぽい着物のよれよれに纒いついて臀部、それから……腰部でぶつりと切れていた。四五寸ほどにゅっ[#「にゅっ
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