背なかにのせてくれました。そして、崖《がけ》や坂や谷川や森をこして、もとの野原にもどってきました。
 羊のむれは、しずかに草をたべています。蝶はとんでいます。小鳥はさえずっています。けれど、エキモスは気がはれませんでした。金色の鹿のかたみの毛皮で、だいじなものをいれる袋をつくって、腰《こし》にさげましたが、かなしさはまぎれません。笛をふく気にも、とてもなれません。
 ――だれが、あの鹿を、鉄砲でうったんだろう。
 そう考えると、くやしかったり、さびしかったりして、どこか旅にでもでてしまいたくなりました。羊たちもかわいいけれど、金色の鹿が死んだかなしみの方が、もっとつようございました。
 エキモスはついに決心して、主人のところへいって、ひまをもらいたいと願いました。
 主人はエキモスをひきとめたがりました。けれど、その話をきき、そのかなしみと決心とをみて、願いをゆるしてくれました。
「それでは、都でも見物してくるがよい」と主人はいいました。「都にはいろいろおもしろいことがあるから、気がはれるかもしれない。けれど、おもしろいのはうわべだけで、ずいぶん悪い人が多いから、気をつけなければいけないよ。そして、また戻ってきたくなったら、いつでも戻っておいで、使ってあげるから」
 エキモスはお礼をいって、主人からもらったお金を毛皮の袋にいれ、白く銀色に光る葦笛《あしぶえ》をもって、ほかにはなんの荷物もなく、つれもなく、ぼんやりでかけました。
 だいぶいってから、エキモスは、道ばたの木かげに休みました。そしてはじめて、どちらへいったものかと考えました。主人がいうように、都へゆくのもいいかもしれないと思いました。
 ――だが、都へゆけば、お金がたくさんいるだろう。これだけでたりるかしら。
 エキモスは皮袋《かわぶくろ》をひらいて、主人からもらったお金をかんじょうしかけました。そしてびっくりしました。皮袋のなかのお金は、みんな金貨ばかりでした。でも、そんなはずはありません。主人からもらった時はたしかに、銀貨や銅貨もまじっていました。それが、みな金貨ばかりになっているのです。
 エキモスにはわけがわかりませんでした。ふしぎそうに皮袋をながめました。
 ――もしかしたら、あの金色の鹿《しか》の毛皮だから……。
 ためしに、道の小石をひろって、皮袋にいれてみました。とりだしてみると、それが、
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