共ぬるぬるしていた。我慢が出来なかった。傍の電柱に掌をなすりつけた。
彼はぼんやり考え込んだ。而も何を考えてるのか自分でも知らないで、下宿に帰った。石鹸で手を洗ってると、先刻の沈んだまま出て来なかった金魚は、生きてたのではないかしらという気がしてきた。それを考えると更に堪らない気持になった。
彼は室にはいって寝転んだ。着物の裾が水にぬれていた。生臭い匂いとぬるぬるした感触とが頭について離れなかった。懐には出し忘れた手紙がはいっていた。
彼は陰鬱な気分の底に閉されてしまった。
「僕はあの日のことを考えると、馬鹿々々しいのか腹立しいのか分からなくなってしまう。それが僕の愉快なるべき一日だったんだからね。」そう云ってSは話の口を噤んだ。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2005年12月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング