とも、うち勝《か》つかだ」
 王子は石を一つ拾《ひろ》って、それを力まかせに投《な》げてみました。石は遙《はる》か下の方の雲《くも》に巻《ま》きこまれたまま、なんの響《ひび》きも返《かえ》しませんでした。
「よしッ!」
 と王子はいいました。
 そして、岩《いわ》の上から真逆《まっさか》さまに、むくむくとしてる雲《くも》のなかをめがけて、力一ぱいに飛《と》びおりました。
 ……………………………………………………
 王子は、はっとして我《われ》に返《かえ》りました。
 見ると、自分は城《しろ》の庭《にわ》の芝生《しばふ》の上に寝《ね》ころんでるのでした。からだ中|汗《あせ》ぐっしょりになって胸《むね》が高く動悸《どうき》していました。
 しかし、いくら考えてみても、さっきまでのことが夢《ゆめ》であるかまたは本当《ほんとう》であるか、どうもはっきりしませんでした。本当《ほんとう》だとするには、あまり不思議《ふしぎ》きわまることでしたし、夢《ゆめ》だとするには、あまりはっきりしすぎていました。
「どちらでも構《かま》うものか」と王子は考えました。そしてまたこう考えました。「高いところへあがるには、まず第《だい》一に、また下へおりられるような道《みち》をこしらえておかなければいけない」
 王子はそのことを国王へ話しました。
 国王はたいへん喜《よろこ》んで、それからは王子を自由にさせました。
 王子はやはり高いところへあがるのがすきでしたが、ちゃんとその下《お》り道《みち》をこしらえてからあがるので、少しも危《あぶな》いことはありませんでした。
 ……………………………………………………
 この王子は後《のち》に、世界で一番|強《つよ》い、一番|賢《かしこ》い王様になりました。
 なぜなら、どんな高いところへあがっても平気なほどしっかりした気象《きしょう》でしたから、一番|強《つよ》かったのですし、またちゃんと下《お》り道《みち》をこしらえておくほど用心深《ようじんぶか》かったから、一番|賢《かしこ》いのでした。
 そして王子は一生のあいだ、あの黒《くろ》い着物《きもの》の白髯《はくぜん》の老人《ろうじん》を、自分の守護神《まもりがみ》として祭《まつ》りました。



底本:「天狗笑い」晶文社
   1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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