した。
稲荷堂は焼けたままで、石をめぐらした築土だけになっていました。恒吉は鳥居を眺めていましたが、やがて、その片足にまきつけてある赤い布を、裂き取って地面に打ち捨てました。それから鳥居に両手をかけて、押し倒そうとする身構えをしましたが、俄に顔をしかめて、それをやめ、両手を揉み合せて埃をはらい、振り向きもせずに立ち去りました。
彼は頬の肉をぴくぴく震わせ、声に出して独語しました。
――愚劣蒙昧……だけではない。ばかげてる……そうだ、すべてばかげてる、くだらない。池にしても、田園化した焼け跡にしてもすべてくだらない。そのばかげてるくだらないことが、自由な呼吸を妨げるのだ。
彼は両手を高く挙げて、大きく深い呼吸をしました。もう晴れやかな顔になっていました。落ち着いた軽蔑の眼眸で、遠くまで見通せる焼け跡の野原を、眺め渡しました。そして家に戻って、その昼間からしまっておいたウイスキーの瓶を取り出して飲みました。
其後清水恒吉は、池も地所も売り払い、近郊の河のほとりに地所と住宅を買い入れて、そちらへ移り住みました。
底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1−13−24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「談論」
1946(昭和21)年8月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
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