乾杯
――近代説話――
豊島与志雄

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 終戦の年の暮、父の正吉が肺炎であっけなく他界した後、山川正太郎は、私生活のなかに閉じこもりました。訪客は避けず、公式な会合には顔を出さず、という態度です。時に、識り合いの文学者や科学者を訪れたり、焼け跡を彷徨したり、読書に夜を更かしたり、また常に、酒を飲みました。そして父の死後五十日目、突然、自宅でささやかな宴を催しました。
 山の幸、野の幸、海の幸と言えば大袈裟ですが、街頭に栄えた闇市場で普通に手に入る材料の、普通の料理でありました。客は、各層の少壮中堅どころ、と言えばこれも大袈裟で、実は主として山川正太郎の旧知の筋合のもの、某省の局長や某政党の総務が主な公職者で、だいたい普通の中流人でありました。――ただ茲に注意しなければならないのは、彼の比較的新らしい親友、実業家の野島や科学者の曽田や文学者の中田がはいっていな
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