も分りません。あなたがたの社会のことは、何も分りません。あんな噂をたてたり、それを面白がって吹聴したり、御当人が笑って聞いていらしたり……僕には何もかも分らなくなりました。そして、悲しいんです。」
 彼はジンフィールのコップを一息に飲み干した。
 美枝子はちょっと宙に眼を据え、立ち上って二三歩あるき、マントルピースの上に、壺や花瓶の間に置き忘れられてる、今はもう用のない白檀の扇を取って、それを無心に眺めながら言った。
「それでは、種明しをしてあげましょうか。あの噂は、わたしが立花のおばさまに頼んで、吹聴してもらったんですのよ。」
「嘘です。ごまかそうとなすってはいけません。」浅野は憤慨したように言った。「あなたがたの悪い癖です。だいたい、みなさんには隙が多すぎるんです。だから、つまらないことが大事に見えたり、大事なことがつまらなく見えたりするんです。あなたも、も少し働いて下さればいいがと、僕はいつも思っていました。室の掃除でもよいし、雑巾がけでもよいし、庭の草むしりでもよいし、針仕事でもよいし、とにかく、働いて下さい。お金持ちであることは構いませんし、お召の着物をふだん着になすってるこ
前へ 次へ
全28ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング