気分で、騒々しさの底を流れる「寂寥」に思い耽った。
「大分込みますね。」
「ああ。でもじきに寝台車の方が開《あ》くからね。」
 叔父は列車の窓から、外に立っている彼とたえ[#「たえ」に傍点]子とを順々に見守った。そして眼をそらして向うに立っている大勢の見送人の上を眺めた。
 彼は窓際に歩み寄った。
「此の次には御悠《ごゆっく》りいらっして下さい。」
「君も一度は京都にやって来給え。」
「ええ是非一度は行ってみようと思って居ます。」
「なるべく早い方がいいね。」と叔父は云った。そして睫毛がちらと動いた。
「御大事に。」と列車が動き出した時彼は云った。そして頭を下げた。
 叔父は黙って皆に答礼した後、すぐに窓をしめてしまった。
 ぞろぞろと足を返して行く見送り人の間に彼等は立って、青白く光るレールに沿って眼を走せ乍ら、去り行く列車の影を見送った。



底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1−13−21])」未来社
   1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「帝国文学」
   1914(大正3)年5月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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