ょう。急いで読んでしまうのが惜しくて、なにか美しいおいしいお菓子のような気が致します。「永遠の人」は、まだ少しも読み初めてはいませんけれど、なんだかたいへんむずかしそうに思われます。どちらもゆっくり読みとうございます。
 ほんとにほんとに有難うございました。今日は御本のお礼のみ。つまらぬおかしなことばかり申上げまして、きっと御不快にお思い遊ばしましょう。何卒私の愚かさをおゆるし下さいませ。
  吉岡先生様御許に[#地から1字上げ]葉山紀美子

 吉岡信一郎は奇異な想いに囚えられた。葉山紀美子がいつしか自分のすぐ側に寄り添ってきている、と同時に、彼女の姿は遠くかすんで消え去ろうとしている、そういう想いなのである。彼女が寄り添ってきたのは、手紙の中に見える愛情のなす仕業であろう。その姿が遠くかすむのは、手紙の中にある極端な自己卑下のなす仕業であろう。この自己卑下は二つの要素から成っている。即ち、吉岡を世の中で一番えらい人だとする高い評価と、自分をばかな愚劣な虫けらだとする低い評価。互に表裏の関係をなすその二つが、普通の程度を越えて極端なのだ。それが吉岡にはどうも腑に落ちないし、時には苛ら立
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