だろう。だが、こういう裟婆気もお前には必要だからな。」
そして彼はにやりと笑った。この場合の笑い、普通ならば皮肉な揶揄的なものになる筈だが、彼のはその反対で、なにか駄々っ児らしいそして邪気のないものだった。
「分ってるよ。」と私は言った。「俺の寂寥が余りに形而上的だから、少しは足下にも気を配れと言うんだね。」
彼は、返事の代りにまたにやりと笑った。私もそれにつりこまれて笑った。
寂寥はいつのまにか消散して、硝子戸の外、ただ斜陽が明るく、その明るさが私の心の隅々にまで浸透してきた。
「焼跡へ散歩にでも行こうか。」と彼は言った。
そして私は彼と連れだって外に出た。爽かな夕方だった。私は彼となおいろいろな話をしたのである。だがそれらは、別な事柄に属するので茲には省略する。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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