すればするほど、表面だけは益々落着き払って、時々黒目が上眼瞼に引きつけられる彼女の眼付を、物珍らしそうに待受けてるうちに、ふと、北海道の温泉宿のことをまざまざと思い浮べ、次には、窓の外の澄みきった蒼空を眺めやり、次には、いつ人がはいって来ないとも限らない鹿爪らしい応接室を、そぐわない気持で見廻して、こんな所で彼女が話しにくいのも無理はないと考えた。と同時に、解放された晴々とした所に出てみたくなって、少し外を歩いてみようかと云ってみた。
光子は喫驚したように黒目を据えて眼を見張ってから、暫く何とも云わなかった。
「それに、もう時間だから、何処かで昼飯でも食べましょう。」と私は云った。
彼女は御飯は頂きたくないと答えたが、お差支えがなければ外を歩いた方がいいと云い出した。
私は社の上役に断っておいて、光子と一緒に外へ出た。丁度その日私は和服をつけていたので、袴が多少邪魔になりはしたけれど、洋服よりは都合がよかった。ステッキを打振ったり引きずったりしながら、内幸町から宮城前の堀端の方へ歩いていった。街路の地面は心地よく乾いていて、ほっこりとした温《ぬく》みのある日の光が、私達の身体を包
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