ゃくちゃに歩き廻るのが一番いいですよ。」
「先生だって……。」
「だから池のまわりを七回まわったんです。」
「七回なんてまわりやしませんわ。」
「然し……一体どうしたらいいんです?」
 そして私は不意に顔が赤くなった。やたらに煙草を吹かした。彼女も黙っていた。虫の声がいやに耳につくような静けさだった。長い間たってから、私は不意に彼女の手を握りながら小声で云った。
「泊る?……帰る?」
「泊るわ。」
 そして私達は敵意を含んだ眼付で見合った。
 茲で私は一寸断っておかなければならない、筆が余り滑りすぎたようだから。実は私は、いつの頃からか覚えないが、性慾の衰退に可なり悩まされていた。原因は毎日の晩酌と過度の喫煙とに在ると、医者も云うし自分でも思っていたが、それがどうしても止められなかった。なぜなら、生活全体が早熟してしまって、本当の決心というものが私には不可能だったから……がこのことはもっと先で云おう。兎に角私は性慾が著しく衰退して、そういう事柄にさっぱり興味がなくなってしまっていた。私はいつも何だか満ち足りないような焦燥のうちに暮していたと、前に一寸述べておいたが、それも一つはこれが原
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