では昼間お酒の気がない時でさえ、妙な眼付をして私のお臀を叩いたりなさるんです。それも冗談ならいいんですけれど、時々変なことを仰言るんですの。俺は草野の細君みたいな女が大好きだ、昔から好きだった、が人の細君では仕方がない、お前ならその向うを張れるから、一つ俺と一緒にならないか、あんな病身なくよくよした妻なんか、今すぐにでも追ん出してみせる……なんてもっとひどいことだって仰言るんです。草野の細君という言葉を私は二三度聞きましたが、ひょっとすると、あなたの奥様に変な気を持っていらっしゃるのかも知れませんわ。そんなひどい心の人ですもの、私なんかを手に入れるのは訳はないと、どうもそういった調子なんですの。お前もいい加減意地っ張りだねと、私の耳を火の出るほどひどく引張ったりなさるんです。なぜうんと怒ってやらなかったかって、松本さんはひどく憤慨していらしたけれど……いえそれは昨晩のことなんですの。いくら何だって、私そんなことを松本さんに話せはしなかったんですもの。でも昨日はとうとう逃げ出してしまいましたわ。それまでに幾度逃げ出そうとしたか分りません。松本さんは私が前に手紙でそんなことを少しも匂わせな
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