の。あなたはこれまで幾人の男に関係したかなんて、まるで人を芸者か女郎とでも思っていらっしゃるような調子なんでしょう。私口惜しいから突っかかっていってやると、悪かったら謝罪するとこうなんですもの。そして、たといあなたの過去はどういうことがあろうと、そんなことを私は咎めはしない、現在のあなたが私一人を想っていて下さればそれでいいんです、けれど、お互に過去のことをすっかり打明け合って、さっぱりした気持で愛し合わなければいけない……とそんなことを繰り返し仰言るんです。変な理屈ですわ。過去のことを打明け合うのはいいけれど、それをくどくど話すというのは、やっぱり過去のことをいつまでも忘れない証拠じゃないんでしょうか。私はもう昔のことなんか綺麗に忘れてしまっていますわ。先生にだけお話しますけれど、私札幌で一人恋し合った人がありましたの。でも今ではもう、松本さんの仰言るように、それも言葉だけでなしに本当に、過去は過去として葬ってしまってるつもりですわ。それを根掘り葉掘り尋ねておいて、おまけに昨夜《ゆうべ》は私をあんな室に置きざりにして……。先生、何もかもありのままお話しますわ。ねえ、聞いて下さいまして
前へ
次へ
全89ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング