」
「でも……。」
私は彼の露わな眼付にぎくりとした。と同時に、話の工合がいつしか自分にとって危険なものとなってるのを感じた。それで話の方向を一度に変えてしまった。
「で結局君は、どういうことにするのが一番望みなんだい。」
「私は、出来るならば、光子さんを暫くお宅に置いて頂いて、私と交際を許して頂きたいんですが。」
「今だって君は、自由に交際してるんだろう。」
「文通はしていますが……。」
「交際はしていないというのかい。へえー、僕はまた君達をもっと深い間柄だと思っていた。」
少し腹立ち気味の反抗的な気勢で、腕を組み眼を伏せて考え込んだ彼の姿を、私は小気味よく眺めやった。それを余りひどいとでも思ったのか、俊子が突然中にはいってきた。
「理屈はどうだって、兎に角光子さんをこのまま河野さんの所へ置いとくのはいけませんわ。北海道から遙々頼ってきたのをあすこへやったのですから、あんな話を聞いてこのままにしておくのは、私達としても済まないじゃありませんか。」
「だから僕はどうしたものかと考えてるんだよ。」と私は云った。
「あなたはいつもそれですもの、考えてばかりいて、はっきりと決断なすったことは、一度だってありゃあしません。そんな風では、いつまで待ったって片付くものですか。」
「ではどうすればいいんだい?」
「もう松本さんの心はきまっていますし、この上は光子さんの心だけでしょう。私が参って、一体光子さんはどう思ってるか、それをよく聞いてきましょう。河野さんには義理もあるけれど、穏かに話をすれば、あれだけの人ですもの、そう分らないことは仰言るまいと思いますわ。」
勿論それ以外に解決の方法がありようはなかった。然し彼女の調子は幾分私を驚かした。前から一々準備したようによく整った簡潔な文句を、もうきまりきったことのようにきっぱりと云ってのけて、それで一挙に事柄を決定してしまったのである。私にくどくどいろんなことを述べ立てて相談した彼女とは、すっかり異った調子だった。恐らく彼女は、私と松本との話を聞いてるうちに、何となくそれだけの決心を強いられたものらしい。そう私は咄嗟の間に感じて、何故となく不安の念に駆られてきた。
「勿論お前が行ってくれなければ、外に一寸行く人はないんだけれど……。」
「だから私が行きますわ。ねえ、松本さん、それでいいでしょう?」
「ええ。済みませんが、そう
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