泊してくることがあった。俊子は変な顔付で――それも私の思いなしかも知れないが――私の方を見ていたが、やがて、会社のことなんかどうでもいいという風で、困ったことが出来たのでお帰りを待っていた、と云い出した。けれど私も、家のことなんかどうでもいいという風で、着物を着換え初めた。所が光子とか松本とかいう言葉に、忽ち注意を惹かれてしまった。
 俊子の話を概略するとこうだった――昨日の朝、松本が慌しく駆け込んできた。そして光子とのこれまでのことを告白し、前日光子がやって来たことから、その朝までの一部始終を話した。それは私が光子から聞いた所と大同小異だった。そして松本の願いとしては、光子を救うと思って、暫く家に置くかまたは他の所へ世話するかして、兎に角河野さんの家から引出してほしい、とのことだった。俊子はひどく狼狽して、主人が帰ったらよく相談して、すぐに何とかしようと答えた。所が、晩に松本はまたやって来て、河野さんの家へ電話をかけたら光子はまだ帰っていない、ということを報告した。
「それから今まで、私は一人でどんなに気を揉んでたか知れませんよ。」と俊子は云った。
 大体の話が分ると、私は少し安心して、また冷淡な態度を取った。
「厄介なことになったものだね。だがまあ、そのことは後でゆっくり相談しよう。僕は会社のごたごたした問題で、昨日から非常に疲れてるから、少し寝かしてくれ。」
 彼女が不平そうにぶつぶつ云ってるのを知らん顔で、無理に布団を敷かして、私はその中に頭までもぐり込んだ。実際私は非常に疲れてもいた。けれど眠れはしなかった。
 外部の事情からしてもまた私自身の気持からしても、光子のことに関して何とか解決を迫られてるのを、私は重苦しく感じてきた。然し私は何等解決の方法をも見出しはしなかったし、たとい見出しても、その方へ歩を進めるだけの元気がなかったろう。光子と別れてから後私は、全く無批判な盲目的な心境へ落ち込んでいた。善とか悪とか意志とか、そういったものを全然抜き去った、深い落莫の心地だった。自分の性的――否人間的――無気力を証明された痛ましい一夜から、じかにつながってきてるものだった。いろんな取止めもない妄想に耽りながらも、どうなるかなるようになってみろ! と捨鉢などん底に自然と腹が据っていた。
 それで、その晩松本がやって来ても、私はわりに泰然とした皮肉さで、彼に接する
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