もありませんから閉め切った方が宜しかありませんか。」
「ええ……。」
母親は曖昧な返辞をして、人の善い微笑を浮べた。私は構わず障子を閉めきった。
そんなことが二三度くり返された。そして何時間かの後、もう日脚が隣家の屋根に遮られてしまった頃、彼は漸く足を洗って上ってきた。
「ああ疲れた。」
私は少し憤慨していた。いくら自分が庭で働いてるからって、肺炎の母親が寝てる室の障子を開け放す法はないと、そう思ったばかりでなく、実際口に出して彼をたしなめた。が彼は平然としていた。
「そりゃあそうだが……然し……もうよほどいいんだよ。ね、お母さん、いいんでしょう。今日は大変いいんですね。」
「ええ、お影さまで……。庭の仕事は、もう済みましたか。」
「済みました、すっかり。これでさっぱりした。」
そして彼等親子は、晴々とした眼付で微笑み合っていた。それから、そのままの笑顔で、私に向って云うのだった。
「思い立ったら、まるでもう赤ん坊のようでございましてね……。」
「いや、余り長く待たして済まなかったね。」
「なあに……。」
とただそれだけで、私は苦笑するより外、何と答えていいか分らなかった。彼
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