たら大変だと思って、逃げようとしたが、彼は離さなかった。
撞球場は案外すいていた。二人はゲームを初めた。友人は一時間ばかりで止すつもりだったが、他に待ってる相手がなかったせいか、彼はいつまでも許さなかった。友人が嫌がれば嫌がるほど、益々執拗に強いるのだった。しまいには友人も腹を据えて、十一時過ぎまで相手になった。
それから二人して、撞球場を出てぶらりぶらり歩いてると、とある湯屋の前に出た。まだ湯屋は起きていた。
「君は湯にはいるんだったろう。こんどは僕の方で附合ってやるよ。」と不意に彼は云い出した。
「だってもう遅いよ。湯が汚くて駄目だ。」
「なに構うものか。」
そして彼は先に立って湯屋へはいり込み、手拭をかりて湯にはいった。
湯気が濛々とこめてる中に、裸体の人が一杯こんでいた。硝子張りの天井から、冷い雫《しずく》が落ちていた。湯はぬるみ加減で、上り湯は底少くなっていた。
彼は長い間湯壺の中につかっていたが、どこも洗わないうちに、友人を急《せ》き立てて出てしまった。
その帰りに、彼は友人にこんなことを云った。
「僕は暫くぶりで銭湯にはいってみたんだが……貧乏でも僕のうちには
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