或る女の手記
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寂然《ひっそり》した

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]
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 私はそのお寺が好きだった。
 重々しい御門の中は、すぐに広い庭になっていて、植込の木立に日の光りを遮られてるせいか、地面は一面に苔生していた。その庭の中に、楓の木が二列に立ち並んで、御門から真直に広い道を拵えていた。道の真中は石畳になっていて、それが奥の築山と大きな何かの石碑とに行き当ると、俄に左へ折れて、本堂へ通じているらしかった。表からは、本堂のなだらかな屋根の一部しか見えなかった。この本堂の屋根の一部と、寂然《ひっそり》した広い庭と、苔生した地面と、平らな石畳の道と、楓の並木のしなやかな枝葉と、清らかな空気とを、重々しい御門の向うに眺めては、その奥ゆかしい寂しい風致に、私は幾度心を打たれたことであろう! けれども御門の柱に、「猥リニ出入ヲ禁ズ」という札が掛っていたので、私は一
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