の目的地ででもあるように名指したのだった。その後で、其処へ行くという志がはっきりして来た。そんな場所へでも行って、人込の中に自分を溺らしてしまうのが、その時の私の気持にぴたりと合った。
 二度乗換えをして向うに着くまで、私はもう何も考えまいとつとめた。電車を降りてからも、心当りの安価な飲食店の方へ、真直に歩いていった。そして、ぐらぐらする木の腰掛の上に腰を下して、労働者や貧乏くさい学生などの間に狭まって、一人でしきりに酒を飲んだ。もっと安価にもっと強烈なものを飲ましてくれる、カフェーの類はいくらもあったけれど、さすがにカフェーと名のつく所へははいれなかった。白い大理石やエプロンの女給などの空気よりも、薄暗い狭苦しい土間の方が、その時の私には親しみ深く思われたのである。
 そして酒を飲みながら私は、贅沢じゃない、贅沢じゃない、とそんなことを心の中で繰返していた。贅沢や気紛れであって堪るものか。他人にとってはそう見えても、私にとっては真剣なのだ。而も私のそうした苦しみの底からの反抗が、殆んど常軌を逸した行為が、何を以て報いられたか。この都会は、私が投じた波紋を平然と呑み込んで、小揺ぎ一つし
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