上に必要だったら、どうでしょう。」
「そんな必要があるものですか。」
「いえ時によるとあるかも知れません。そうしなければどうしても生きてゆけない、といったような気持も……。」
「それは必要な気持ではなくて、贅沢な気持です。贅沢から世の中は面倒くさくなるんです。贅沢心さえなければ、人間は安んじて生きてゆけるものです。」
「そうでしょうかしら?」
「そうですとも!」
 そこで私達の話は、その問題から離れてしまったが、私の心はいつまでもその問題に絡みついていた。この大学生はいやに理屈だけは達者だが、実際のことは何にも分らないのだと、私は強いて考えようとしたし、また確かにそうだと感じもしたが、それでも彼の言葉のうちで、私の心を打つものが残っていた。私は贅沢な苦しみをしてるのではあるまいか、贅沢な興味から硝子店へ石を投ったのではあるまいか、そんなことが疑われだしてきた。否そうではない、と心でも感じ頭でも肯定してみたが、何だかじっと落付いていられなかった。その上、自分は警察の手で追跡されてはしないかしらという、馬鹿げたぼんやりした不安が残っていた。そして凡てのことがごったになって、私をまたある硝子
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