安、調度の不備と衛生法の困難、慰安や休息の欠乏、其他万事局限せられた不如意、それらのことから、諸君の生活に如何に陰欝な影がさしてくるかは、想像にも余りあるほどであろう。とりわけ自分一個のバラックでなしに、市設の長屋式バラックの或るものに於ては、隣家との仕切の板壁もなく、張られた縄一筋を境界とするそうである。そういう中に暮すことは、非常な困難に相違ない。貧しさに堪え得る者も、惨めさにはなかなか堪え難い。
 けれど、それも一時のことである。胎を据えて生活の根を下してる者にとっては、一時の悲惨は却って、未来に対する希望をより強く燃え立たしむるものであり、未来の光景をより輝かしくなすものである。未来が塞がれていない限りは、どんなことにも圧倒されないのが人間の本性である。そして諸君の未来は、決して塞がれてはいない。家庭と仕事という二つを本当に噛みしめた諸君の未来は、常にも増して広々としてる筈である。そして諸君が健かに生きてゆく以上は、未来の復興は案外早く来るであろう。
 ただ私が恐るるのは、諸君の肉体的健康である。前述の私の言に大過がないとするならば、私は諸君の精神的健康を信ずることが出来る。け
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