みよ》の中に引き込まれ恐怖に圧倒された。太陽は勝利者の兜《かぶと》の下に隠れた。消光器を取り除くだけの力のない被征服者らは、多少|軽蔑《けいべつ》の交じった憐憫《れんびん》をしか受くる資格がないとしても、この兜をつけた人のほうは、いかなる感情をもって遇せられるに相当するだろうか?
少し以前から、日の光がまた現われ始めていた。数条の光が隙間《すきま》からさしていた。太陽ののぼるのをまっ先に見んがために、クリストフは兜の影から出た。そして先ごろ余儀なく滞留していた国へ、スイスへ、喜んでもどっていった。相敵対してる国民間の狭い境域に息づまって自由に渇《かっ》している、当時の多くの人々と同様に、彼もまたヨーロッパを超越して息をつき得る一角の地を求めていた。昔ゲーテの時代には、自由なる法王の支配するローマは、各民族の思想家らがあたかも鳥のように、暴風雨を避けて休《やす》らいに来る小島であった。しかるに今では、なんという避難所となったことだろう! その小島は海水に没してしまっていた。ローマはもはや存在しない。鳥は七つの丘[#「七つの丘」に傍点]から逃げてしまった。――ただアルプス連山が鳥のために
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