の範囲を了解し、主《しゅ》より指定された領分において、主の意志を果たさんと努力する。かくして、耕作と播種《はしゅ》と収穫とを終え、辛《つら》いまた美しい労働を終えたとき、日に照らされた連山の麓《ふもと》に憩《いこ》うの権利を得て、その山々に向かって言う。
「汝らに祝福あれかし! 予は汝らの光明を味わい得ないであろう。しかし汝らの影は予には快い……。」
 そのとき、愛《いと》しき彼女が彼に現われたのだった。彼女は彼の手を取ってくれた。そして死は彼女の身体の垣《かき》を破りながら、彼女の魂を、友の魂のうちに流し込んだ。彼らはいっしょに月日の影の外に出でて、多幸なる山嶺へ到達した。そこには、三人の美の女神のごとく、気高きロンドをなして、過去と現在と未来とが手をつなぎ合っていた。そこでは、和らいだ心は、悲しみと喜びとが生まれ花咲き消え失せるのを、一度にながめやった。そこでは、すべてが調和[#「調和」に傍点]であった……。
 彼はあまり気が急いでいた。すでに終局に達したものと思っていた。しかも彼のあえぐ胸をしめつける万力《まんりき》は、彼の焼けるような頭にぶつかる種々の面影の騒々しい錯乱は、もっとも困難な最後の行程がなお残っていることを、彼に思い出さした……。前進せんかな!……
 彼は自分の病床にじっと釘《くぎ》付けになっていた。上の階では一人の馬鹿な女が、幾時間もピアノをかき鳴らしていた。彼女はただ一つの楽曲きり知らなかった。同じ楽句を飽くことなく繰り返していた。彼女にはそれがたいへん楽しみだった。それらの楽句は彼女に、あらゆる色彩の喜びと情緒とを与えた。クリストフにも彼女の幸福はわかった。しかし彼は泣きたいほどそれに悩まされた。少なくともそんなに強くピアノをたたいてさえくれなかったら! 騒音は彼にとっては悪徳にも劣らず嫌《いや》なものだった……。が彼もついにはあきらめた。耳に入れまいとするのは辛《つら》いことだった。けれども思ったほどむずかしいことではなかった。彼は肉体から遠ざかりかけていた。病みほうけた粗末なその肉体……。その中にかくも多年の間こもってきたことは、なんと不名誉なことだろう! 彼は肉体が磨滅《まめつ》してゆくのをながめて、こう考えた。
「もう長くはもつまい。」
 彼は自分の人間的利己心の脈をみるためにみずから尋ねた。
「お前はどちらを望むか、クリストフの記
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