に圧せられていた。そして観念論者らは片眼の巨人プルードンの大きな影の下に隠れて、人間の高貴さのもっともみごとな資格を戦争のうちに賛美していた……。
 西欧諸民族の肉体的および精神的復活は、実にかかるところへ到達すべきものであったのか! 熱烈な行動と信念との奔流は諸民族を駆って、かかる殺戮《さつりく》へ突進させるべきものであったのか! その盲目的な疾駆に、選択され見通された一つの目的を定めることができるのは、ただナポレオンのごとき天才のみであったろう。しかしこの行動の天才はヨーロッパのどこにもいなかった。あたかも世界はおのれを統べるためにもっとも凡庸な者どもを選んだかの観があった。人類の精神の力は他の方面にあった。――かくなってはもはや、人を巻き込む急坂に従うよりほかはなかった。統治者も被統治者もみなそうしていた。ヨーロッパは武装警戒をしてるかの観を呈していた。
 クリストフは、オリヴィエの心配げな顔をそばに見ながら同じように警戒したときのことを、思い起こしたのだった。しかしその当時戦争の脅威は、通りかかる夕立雲くらいなものにすぎなかった。しかるに今やその雲は、ヨーロッパ全体に影を落としていた。そしてクリストフの心もまた変わっていた。そういう国民相互の憎悪《ぞうお》に彼はもう加わることができなかった。一八一三年におけるゲーテの精神状態と同じだった。憎悪なくして如何《いか》で戦うことができよう? そして、青春の気なくして如何《いか》で憎悪することができよう? 憎悪の地帯はもう通り越してしまっていた。相敵対してる大民衆のうちの、いずれが彼にとってはもっとも親愛でなかったろうか? 民衆それぞれの価値と世界がそれらに負うてるところのものとを、彼は認めることを知っていた。人の魂のある段階に達するときには、「もはやそれぞれの国民を認めずして[#「もはやそれぞれの国民を認めずして」に傍点]、近隣の民衆の幸不幸を[#「近隣の民衆の幸不幸を」に傍点]、あたかもおのれが民衆のそれと同様に感ずる[#「あたかもおのれが民衆のそれと同様に感ずる」に傍点]。」雷雨の雲は足下にある。周囲はもはや空のみである――「鷲《わし》のものたる大空[#「のものたる大空」に傍点]」のみである。
 それでも時とすると、クリストフはあたりの人々の敵意に困らされることがあった。彼はパリーにおいて自分が敵の民族であるこ
前へ 次へ
全170ページ中134ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング