もたない。汝はすべてを取り去った。世の沙漠《さばく》の中において、ただ一人の者がわれのものであった。汝はそれを奪い去った。われわれの心はただ一つであった。それを汝は引き裂いた。共に居るの楽しさを汝がわれわれに知らせたのは、たがいに失う悲しみをよりよく知らせんがためのみであった。汝はわれのまわりに、われのうちに、空虚を穿《うが》った。われはくじけ、病み、意志を失い、武器を失い、闇の中に泣く小児のごとくなっていた。その時を選んで、汝はわれを打った。あたかも叛逆《はんぎゃく》者のごとくに、足音をぬすんで後ろより来て、われを突き刺した。汝はわれに向かって、汝の猛犬を、情熱を、解き放した。汝の知るとおりわれに力なく、闘うことを得なかった。情熱はわれを打倒し、われのうちのすべてを荒らし、すべてを汚し、すべてを破壊した……。われはわれ自身が厭《いと》わしい。せめてわが悲しみと恥とを、大声に嘆き得たならば! もしくはそれを、創作力の奔流のうちに忘れ得たならば! しかしわが力はくじかれており、わが創作は干乾《ひから》びておる。われは一本の枯れ木にすぎない……。もし死ぬことができていたならば! おう神よ、われを解放し、この身体と魂とをこわし、われを地上からもぎ取り、われを生から根こぎにして、われを穴の中で限りなく※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》かしめたもうな! われは懇願する……。われを終わらしめたまえ!

 かように、クリストフの苦悩は、理性が信じていない一つの神を呼ばっていた。

 彼はスイスのジュラの山中の孤立した農家に逃げ込んだ。その家は森を後ろにして、起伏してる高い丘の襞《ひだ》のうちに隠れていた。地面のうねりが北風を防いでいた。家の前方には、牧場や木の茂った長い斜面が広がり、突兀《とつこつ》たる岩が屹立《きつりつ》し、曲がりくねった樅《もみ》が崖《がけ》にしがみつき、大きく腕を広げた※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》が後ろに倒れかかっていた。空はどんよりしていた。生の気配が見えなかった。線のぼやけた無形の広漠《こうばく》さだった。すべてが雪の下に眠っていた。ただ狐《きつね》だけが夜の森の中に鳴いていた。ちょうど冬の終わりだった。長くためらってる冬であり、いつまでもつきない冬だった。もう終わったかと思うとまたやって来た。
 それでも一週間
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