、夫婦になるのにちょうどよいのに、愛し合わないなんてどうしたことでしょう?」
 しかしフランソアーズは、その理由をクリストフよりもよく知っていた。クリストフのような人物は、自分のためになり得る者を愛することはめったにない。むしろ自分の害になり得る者を愛することが多い。相反するものこそたがいにひき合う。自然は自己の破壊を求める。自然は自己を節約する用心深い生活によりも、自己を焼きつくす強烈な生活に好んではしりたがる。できるだけ長く生きることではなくて、もっとも強く生きることを掟《おきて》としてる、クリストフのような人物にとっては、それが至当である。
 クリストフはフランソアーズほどの明察力をもたなかったが、それでもやはり、恋愛は一つの非人間的な力だと思っていた。恋愛はたがいに相いれ得ない人々をいっしょにする。同じ種類の人々をたがいに排斥させる。恋愛が破壊するものに比ぶれば、恋愛が鼓吹するものはごくつまらないものである。幸いにも恋愛は意志を溶かす。不幸にも恋愛は心を破る。いったい恋愛はなんのためになるのか?
 そして、そういうふうに恋愛をののしっているとき、彼の目には恋愛の皮肉なまたやさし
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