よって喚《わめ》きたてられている。
 クリストフはそういう芸術を多少恥ずかしく思った。彼自身もそれに感染してる気がした。そして、彼は過去に引き返そうとしないで――(引き返すのは馬鹿げた不自然な願いである)――自己の思想については尊大な慎みを事とし、大なる多衆的芸術にたいする観念を有していた、過去のある大家らの魂のうちに、浸り込んでいった。彼はヘンデルを読み返してみた。ヘンデルはおのが民族の涙っぽい敬虔主義《ピエティスム》を軽蔑《けいべつ》して、民衆のための民衆の歌たる、巨大なる聖歌《アンセム》と叙事詩的な聖譚曲《オラトリオ》とを書いたのであった。しかし現代においては、ヘンデルの時代における聖書《バイブル》のように、ヨーロッパの各民衆のうちに共通な情操を喚起せしめ得るごとき、霊感的主題を見出すことが、至って困難であった。現代のヨーロッパは、もはや一つの共通な書物をもっていなかった。万人のためになるべき、一つの詩も一つの祈祷《きとう》文も一つの信仰録もなかった。それこそ、現代のあらゆる著作家や芸術家や思想家にとっては、堪えがたい恥辱となるべき事柄だった。一人として、万人のために書き万人のた
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