た。今や別れ去る場合になると、その厭《いや》な土地も彼らにはなつかしく思えた。彼らはそこに多くの愛の思い出を振りまいていた。終わりの日々はその跡を捜し回ることに費やした。そういう一種の巡礼からやさしい憂愁が立ちのぼってきた。その穏やかな一望の風物は幸福な二人を見たのだった。ある内心の声が彼らにささやいていた。
「お前はお前が残してゆくものを知っている。これから見出そうとするものを知っているか?」
ジャックリーヌは出発の前日涙を流した。オリヴィエはその訳を尋ねた。彼女は言いたがらなかった。彼らは言葉の響きが恐《こわ》いおりにはいつもしていたとおりに、一枚の紙を取ってたがいに書き合った。
「私の親愛なオリヴィエ……。」
「僕の親愛なジャックリーヌ……。」
「立ち去るのは切ない気がします。」
「どこから立ち去るのが?」
「私たちが愛し合った土地から。」
「どこへ向かって?」
「私たちが年老いる所へ。」
「僕たちが二人で暮らす所へ。」
「けれどもうあんなに愛し合えはしませんもの。」
「なおいっそう愛し合うのだ。」
「どうだかわかりませんわ。」
「僕にはわかっている。」
「私もそう願いたいわ。
前へ
次へ
全339ページ中123ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング