んなことは嘘《うそ》だとついには気づいたけれど、それでもなお鐘の音を聞くときには、空の方を仰いでながめた。あるときなどは、青いリボンをつけた鐘が家の上空に消えてゆくのを――そんなはずはないとよく知りながらも――実際に見たような気がした。
彼は伝説と信仰とのそういう世界に、身を浸さないではおれなかった。彼は人生からのがれた。自分自身からのがれた。痩《や》せて蒼白《あおじろ》く虚弱だった彼は、そういう状態を苦しみ、人からそうだと言われるのが堪えがたかった。彼のうちには生まれながらの悲観思想があった。それはもちろん母から受け継いだものであって、病弱な子供である彼にはちょうど適していた。彼はそのことを自覚しなかった。だれでも自分と同じだと思っていた。そしてこの十歳の小童は、遊び時間にも庭で遊ぶことをしないで、自分の室に閉じこもって、おやつの菓子をかじりながら、自分の遺書を書いていた。
彼は多く書いた。毎晩熱心に、人知れず日記をつけた――何にも言うべきことはなく、つまらないことしか言えなかったのに、なぜ日記をつけるかは、自分でもわからなかった。彼にあっては、書くことは遺伝的な病癖だった。それ
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