危機を通っていた。自分の一身を閉塞《へいそく》してる不消化物を本能的に排出していた。
 まず第一に、湿った黴《かび》臭い地下室からのように、ドイツ魂から滴《したた》っている、胸悪くなる多感性があった。光よ、光よ! 荒い乾《かわ》いた空気よ! 沼沢の毒気を、ゲルマン魂《ゲミュート》が無尽蔵にみなぎっている、雨滴のように数多い歌曲《リード》や小歌曲の白けた臭気を、一掃してくれないか。それらのものは無数にあった。慾望[#「慾望」に傍点]、郷愁[#「郷愁」に傍点]、跳躍[#「跳躍」に傍点]、願い[#「願い」に傍点]、いかなれば[#「いかなれば」に傍点]? 月に[#「月に」に傍点]、星に[#「星に」に傍点]、鶯に[#「鶯に」に傍点]、春に[#「春に」に傍点]、太陽の光に[#「太陽の光に」に傍点]、春の歌[#「春の歌」に傍点]、春の快楽[#「春の快楽」に傍点]、春の会釈[#「春の会釈」に傍点]、春の旅[#「春の旅」に傍点]、春の夜[#「春の夜」に傍点]、春の使い[#「春の使い」に傍点]、愛の声[#「愛の声」に傍点]、愛の言葉[#「愛の言葉」に傍点]、愛の悲しみ[#「愛の悲しみ」に傍点]、愛の精[#「愛の精」に傍点]、愛の豊満[#「愛の豊満」に傍点]、花の歌[#「花の歌」に傍点]、花の文[#「花の文」に傍点]、花の会釈[#「花の会釈」に傍点]、心の痛み[#「心の痛み」に傍点]、吾が心重し[#「吾が心重し」に傍点]、吾が心乱る[#「吾が心乱る」に傍点]、吾が眼曇る[#「吾が眼曇る」に傍点]、または、小|薔薇《ばら》や小川や雉鳩《きじばと》や燕《つばめ》などとの、仇気《あどけ》ない馬鹿げた対話、または、次のようなおかしな問い――野薔薇に刺がなかりせば[#「野薔薇に刺がなかりせば」に傍点]、――老いたる良人と燕は巣を作りしならば[#「老いたる良人と燕は巣を作りしならば」に傍点]、あるいは、近き頃燕は婚約したりしならば[#「近き頃燕は婚約したりしならば」に傍点]。――すべてそれらの、空粗な愛情、空粗な情緒、空粗な憂愁、空粗な詩、などの汎濫《はんらん》……。いかに多くの美しいものが俗化され、いかに多くの気高い感情が、あらゆる場合にゆえもなく使い古されてることだろう! 最も悪いのは、すべてそれらのものが無駄《むだ》になってることだった。それは公衆におのれの心を開き示さんとする習癖であり、やか
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