じみた真面目《まじめ》な心配そうな様子をしている。彼は職務にほとんど興味を見出していないけれども、また晩には奏楽席で眠くなることもあるけれど、勇気を出してやってのけている。芝居からはもはや、昔の小さい時のような感興を与えられない。まだ小さかった時――四年以前――彼の最上の望みは、今のその席を占めることであった。ところが今では、ひかせられる音楽の大部分は嫌いである。まだそれらの音楽にたいする批評をまとめあげるほどではないが、しかし心の底では、馬鹿らしいものだと思っている。そして偶然りっぱなものが演奏される時には、人々の愚直な演奏に不満を覚ゆる。彼が最も好きな作品も、ついには管弦楽団の仲間の人たちに似寄ってくる。彼らは、幕が降りて、吹き立てたり引っかき回したりすることを終えると、一時間体操でもしたかのように、微笑しながら汗を拭《ふ》いて、つまらないことを平然と語り合うのである。彼はまた、昔の恋人を、素足の金髪の歌女《うたいめ》を、すぐ眼の前に見かける。幕間に食堂でしばしば出会う。彼女は以前彼から想《おも》われたことを知っていて、喜んで抱擁してくれる。けれど彼は少しも嬉《うれ》しくない。その
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